『たのしい授業』創刊噺(1)

『たのしい授業』創刊噺(1)

 月刊誌『たのしい授業』の創刊号は1983年3月号です。
 それでは,創刊号が発行された(店頭に並んだ)のは,何月だったでしょうか。
 
 「新雑誌は4月創刊」という常識を破りたいという気持ちもありました。3月3日発売予定なので,他の多くの雑誌の例に従うと「4月号」になるはずでした。しかし,「この雑誌は〈ウソをつかない雑誌だ〉ということを読者にわかってもらいたい。そのためには,3月に出す雑誌なら3月号と名乗るべきではないか」という板倉(聖宣)編集代表の意見に,関係者一同,深くうなずきました。というわけで,3月に発売する創刊号は「3月号」ということになりました。
 ところで,その際に「妙な」というか,ちょっと困ったことが3つ(以上)起こりました。


その1.ウソはいわない?

 毎月3日に店頭に並ぶようにするには,前月末(の営業日)までに完成品がてきていなければならないのです。つまり,3月号は2月の末にできている……これはウソをついていることにならないのか?

その2.創刊第1号とは?

 月刊誌には「3月号」のような月号とは別に,「通巻号」が表紙などに表示されています(創刊からの年数が巻で,創刊から何冊目かを表すのが号)。『たの授』の創刊号は「第1巻第1号」のはずです。ところが……。
 実は創刊3月号ができる前に,16〜24ページほどの,ぺらぺらで,中身もほとんど手書きの『たのしい授業』宣伝予告号を,前年の12月からつくっていました。創刊号を「第1号」とするつもりだったので,12月号,1月号,2月号を,それぞれ「マイナス3号」「マイナス2号」「マイナス1号」として,本番の3月号につなぐ予定です。「マイナス号」なんて,なかなかいいアイデアだと思いませんか?
 これはロケットの秒読みを意識していたのですが,「ロケットの秒よみは,3,2,1,0,発射,じゃないか」と,これまた板倉編集長が言い出しました。焦りました。
 余談ながら,そのときに「キリストの誕生年は西暦1年だから,それまでの1年間には何があったのだ?」という話題で編集会議が盛り上がったものです。
 そうです,実際の創刊3月号は「第0号」にしました,そんな雑誌なんて,他にあったでしょうか。編集長は「そのほうが数学的に正しいからいいよ」ということでした。
 なお,その後長い間,「新学期の話が4月号に載るようじゃ,役にたたないよ」という忠告やご批判をいただくことになりました。また,「独創的」なことは認められても,「ひとりよがりじゃないか」とのご批判もいただきました。
 ただ,おそれていた「授業が〈たのしい〉だなんて,けしからん」という声は,覚悟していたよりずっと弱々しく,それまでの緊張感のやり場に困るほどでした。

 その3.「月刊誌」であることの証明

 発売日は毎月3日。1983年3月3日創刊……「3並びでかっこいいじゃないか」と思ったのは私だけで,当時のプロの出版人なら,「雑誌を特定の日に定期的に書店に配送するには,まずそれが月刊誌として取次店(本の問屋)に認定されて,価格や清算方法,配送の手順が決定するまでの長い交渉を必要とする」ことを知らなければならなかったのです。さらに,送料を安くするための「第三種郵便物認可」を郵政省(当時の)の認可をもらうためには「発行が実際に3ヵ月以上継続していることを証明するために,その3冊を添えて申し込むこと」も知りませんでした。そのことに私が気がついたのは,なんと発行一ヵ月前でした。さあ,どうする! 
 取次店の担当者の異例の好意的な扱いで,なんと,発行日には「月刊誌」として扱ってもらえることになりました。嬉しかったことはもちろんですが,そのあまりの速い決定ぶりは,業界の一部ではありましたが「奇跡」としてうわさされたようです。
 一方,「第三種郵便物認可」は,規則通り,許可されませんでした。なにしろ最初の1冊さえ発行する前のことですから,5月号が出るまで,申請することさえできませんでした。3ヵ月間の送料は,とても高いものにつきました。でも,「流通する」ことは確かになったのです。
  

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 タイトルに(1)とあるのを見て,ギクっとした方が多いでしょう。「こんなこと,何回も続けるつもりかよ」と。私だって,「こんなことを書いても全く役立たないだろうなあ」と弱気になっているのです。でも,『たのしい授業』という得意な雑誌が存在した証拠をのこしたいと思っているのです。それで,あと3回くらいは,「板倉的目次のくふう」「毎月2日の徹夜の秘密」「記号と暗号」などについて書かせてもらおうときめてしまいました。ごめんなさい。(竹内三郎)

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