科学者からの手紙

なぜ学ぶのか

仮説社

形式: 紙版
SKU: 00302
バーコード: 9784773503029

¥1,320

(税込)

「なぜ学ぶのか」 
「本当に学びがいのある知識とは」
「これからの社会をどう生きていけばいいのか」
……科学者であり教育者でもある板倉聖宣さんから,これからの未来を生きる人たちに贈るメッセージ。


★★ もくじ ★★

なぜ学ぶのか
未来を切り開く力
百聞は一見に如かず?
死んだらどうなるか
予想と討論と実験と
たのしく学び続けるために
「科学者とあたま」をめぐって
寺田寅彦「科学者とあたま」
推薦の言葉(小原茂巳)

★☆第1章「なぜ学ぶのか」全文をnoteで公開しています。

なぜ学ぶのか

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書誌情報

  • 著者

    板倉聖宣 著
  • 判型

    四六判
  • ページ数

    111
  • 発行日

    2020年7月6日
  • ISBN / JAN

    978-4-7735-0302-9
  • Cコード

    37
  • 対象年齢

●板倉 聖宣 (イタクラ キヨノブ)著
1930年 東京の下町(現・台東区東上野)に生まれる。
1951年 学生時代に自然弁証法研究会を組織。機関誌『科学と方法』を創刊。
1958年 物理学の歴史の研究によって理学博士となる。
1959年 国立教育研究所(現・国立教育政策研究所)に勤務。
1963年 仮説実験授業を提唱。仮説実験授業研究会代表(~2018)。
1973年 月刊『ひと』(太郎次郎社)を遠山啓らと創刊。
1983年 月刊『たのしい授業』(仮説社)を創刊。2018年まで編集代表。
1995年 国立教育研究所を定年退職(名誉所員)。私立板倉研究室を設立。サイエンスシアター運動を提唱・実施。その後「科学の碑』の建設なども。
2013~16年度 科学史学会会長。
2018年 2月7日 逝去。

著書は科学史・教育史の専門書の他,仮説実験授業を中心とする科学教育・社会の科学,特に歴史教育,科学啓蒙書,科学読み物,絵本など,広い範囲にわたって多数。

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佐
佐々木 優
子どもや保護者、教育関係者に読んで欲しい一冊

なぜ学ぶのか、子どもや保護者、教育関係者に読んで欲しい一冊でした。
私は海外旅行に行った経験がないので、ヨーロッパでは時刻表がないというのは初めて知りました。ヨーロッパの人たちは、電車の時刻にはあまり興味がないのかな。

「百聞は一見に如かず、百見は一読に如かず、百読は一聞に如かず」
まさにその通りだと思いました。言葉が循環してるんですね。

また、「仮説実験授業」も初耳でした。まだ実施している学校は少ないとのことですが、教科書に書いてあることをそのまま詰め込みで学ぶよりは、仮説実験授業をして討論の楽しさを知るほうが、授業としては面白い気がします。私もそんな授業を受けてみたいです。
「仮説実験授業では、正しい意見をいう人だけが大事なのではなくて、いろいろな意見をいう人が大切なのだ」
この一文で、さらにこの授業を受けてみたくなりました。

ム
ムーママ
「学ぶ」ことの意味をわかりやすく伝えてくれる

私は、雑誌「ひと」を通して仮説実験授業を知りました。授業書は一つの課題が解けると次のステップが見える系統だったすばらしいものでしたが、文系人間の私に十分理解できていたかは心もとないものだったかもしれません。でも「重さ」の授業をしたときには子どもたちは、予想=仮説を立て、生活の中から自分の考えを出し合っていきいきと活動していたように思います。授業では発問が命と言えますが、それがこの授業書には明確に提示されているわけです。
本書ではその仮説実験授業を始められた板倉先生の「学ぶ」ことの意味を子どもの時の疑問や社会の変化の中で分かりやすく伝えてくださっています。知識は時間が経つと忘れていき、その忘却曲線を下げ切らないようにせっせと暗記や練習を繰り返していくのが学校の勉強になっているところがあるかもしれません。先生は、学びの中にある「発見」や「驚き」、そこから湧き上がる「疑問」を解こうとする「意欲」を教えてくださっているのではないかと思います。
実は、私がよく使ったのが、国語の仮説実験授業の教材です。「あめだま」や「だれのこあそび」など中学年教材として本当に子どもたちの目が輝き、独創的な発想を楽しむことができた授業をいつも体験できました。またその手法で自分自身が新しい教材を見つけることもできました。私は、学ぶことは本来喜びであり、子ども自身が自己表現する手段を獲得することだと思っていましたが、実際に学校現場でそれができたかとは言えません。この授業方法がこれからも主流になることはなかなか難しいとは思いますが、先生が提示して下さったものはとても大きなものだと感じています。